ギャグっぽいセリフで5題05 「50%の性欲と、30%の邪念と、20%の痛い愛」
カッコイイ天草さんが好きな方に、自信を持ってお勧めできません。




I touch you. / 1





「最近おかしいんですよ、戦人さんが。」

朝の挨拶もそこそこに、朝食の席についていた彼女へそんな会話を振ると、何故か「殺してやる」という顔をされた。
ちょっとお嬢、朝一からその顔はいくらなんでも早いんじゃないですかね。もう少し段取りを踏んでください。

「……で?お兄ちゃんが何だって?」

ひねてはいるが基本的に純粋な彼女は、俺の言葉を聞いてくれたのか、ひとまず「こういう時に限ってなんであんたと私しかいないのよ…」という顔をした。
盛大に苦虫を磨り潰したような顔ではあったが、先程に比べれば余程レディらしい。

「具体的にどこがどうって言やあですねえ、キスしても抱きついても怒らなくなっちまったんですよ…
あっとお嬢、フォークはちょっと、」

ひょいと片足を後方に下げると同時に鈍い音が3回して、さっきまで足のあった辺りに3本のフォークが突き立っていた。
投擲でリノリウムの床に埋まる銀食器。素直に賞賛する。
小さく拍手をしてみせれば、十代にして奇跡の膂力を見せた彼女は、何か処刑的なものを感じさせる動作でサラダ菜を突き刺し、犬歯で齧り取っていた。
ちなみに今は凄絶な笑みを浮かべ、「奇病で死ねこの駄犬」というどこぞの魔女も裸足で逃げ出すような顔をしている。

「……で?」

それでも話を聞いてくれる彼女は、やはり優しいと思う。

「だからですねえ、最近坊ちゃんにちょっかい出しても反応してくれねえんですよ。」
「…………………ちょっかいっていうのはアレよね、あんたがお兄ちゃんに度々かましてるセクハラのことよね…?」
「あ、ハイ。
風呂場に乱入して嫌がる身体を押さえつけて隅々まで万遍なく洗ってみたり、
突然背後から抱きついて乳を揉みしだいてみたりするアレのことですね。」

言い終わるか終わらないかの内に、ギィギギギギィィイイイ!!!と陶器を金属で引っ掻く音がした。
一般的には嫌な音とされるそれだが、俺には何がそんなに不快に感じるのかが解らない。
見ればお嬢が幼児のようにフォークを下に向けて握り、皿よ割れろと言わんばかりの力で垂直に押し当てていた。

「どうしました、お嬢」
「…………………………………ナイフもダメ、銃もダメ。いっくら殴られてもぴんぴんしてるしフォークも避ける。
…ねえ、あんたホントに人間?何やったら堪えるの?弱点とかないの?」
「…そういやないですねえ。」

うーん、とちょっと記憶を辿って答えてやると、お嬢はぐったりとテーブルクロスに突っ伏した。

「……よぅく解った。次はニトロでも用意しとくわ…」
「固形ですか、液体ですか?良い仕入れ先紹介しましょうか。」

最後まで聞くことなくよろよろと立ち上がり、心底疲れたような息を吐くと、朝食を半分も残して彼女は去っていった。
仕方なく床に刺さったままの銀食器を引き抜く。

残念、相談に乗ってもらえなかった。















「…れ、みんなは?」

扉の軋む音がして次に現れたのは、いまだ寝惚け顔のこの家の子息だった。
彼が寝巻き代わりにしている量産の黒Tシャツとラインの入った黒ジャージが、周りの高級な調度品からいつものように浮きまくっている。

「坊ちゃん、おはようございます。夫妻なら外出、お嬢ならさっき出てったばっかですぜ。会いませんでした?」

ふらついて眠たげに目をしょぼつかせ、んー、と適当な生返事を返す彼の前に立つ。
軽く屈んで身長差を埋め、緩んだ唇目掛けて口付けた。
割れ目に舌を這わせたところで、彼が弾けるように仰け反って離れる。
完全に目が覚めたのか、目を大きく見開き茹で上がった顔でこちらを指差しながら口をぱくぱくさせる。

さ、くるか。

「…」

期待に反して、彼はぐっと口を引き締めた。
拭うというより感触を消すように手で口元を擦ると、子供じみた大仰な仕草でこちらに背を向ける。

「朝からふざけてんじゃねーよ…!」
「嫌ですね、ただの挨拶じゃないすか。」

リアクション僅かな彼の様子にへらへらと返し、表には出さずに内心で焦る。
背中からなだらかな隆起までを見下ろし、無言でケツを揉んでみた。

「―ッッ!!」

毛を逆立たせた猫のように、ばっと振り向く。
怒りの為か顔を紅潮させ何か言いたげに言葉を詰まらせたが、顔を歪めて「アホか」と低く唸るように言い放ち、結局は俺の肩を軽く突き飛ばして足音荒く出ていってしまった。

「……」

愕然とした。

少し前なら、鼻骨粉砕くらいの勢いで殴られていたのに。
どうして。
ここ最近のもやのような不安感は、今やはっきりと激しい焦燥に変わっていた。
雨の日も風の日も嵐の日も日々繰り返したセクハラだったが、遂にどうでもよくなってしまったのだろうか。
俺という人間に、完全に呆れてしまったのか。
それとも、ストーカーじゃないです護衛ですぅという言い訳を盾に校内に忍び込んでは学ランや体操着姿の彼を撮っていたことがばれたのだろうか。そんなの今更じゃないか?
考えても解るのは、彼が明らかに俺を見なくなったという事と、話もしなくなったという事。この致命傷に充分な事実が二つ。
他にも腐るほどいる護衛のように、余所余所しく線引きされた他人を見るような目を向けられたくなかった。
どうでもいい人間に思われたくなかったからちょっかいを出した。
頭がかち割れるほどに殴られ流血沙汰の日もあったが、思う様触れることができた。
自分でもやり過ぎかと思うこともあったが、繰り返しても解雇されなかったのは、少なくとも身内としては憎からず思ってくれていたからじゃなかったのか?

答えのない煩悶に俺は、暫し呆然と立ち尽くしていた。















住み込みのために宛がわれた部屋は、雇われの身にしては随分と破格だ。
粗末な簡易ベッドやソファーに慣れた身には並の寝具すら上等で、こうして寝転がっているだけでも拒まれているような居心地の悪さがある。
時計の針は12時を指して久しい。ぼんやり見上げる天井に風の音だけが響き、その薄ら寒さに溜め息をついた。

「さわりてえなぁ…」

自分はこのまま、彼にとってどうでもいい人間になるんだろうか。
彼は自分にとって、一目で恋に落ちるほど魅力的な人物だった。
まだ子供だからというのもあるだろうが、毎日飽きもせず笑って怒って悲しんで目まぐるしく表情を変えるのを、見ているだけで楽しかった。
感情の発露という誰でもする極当たり前の行為に、それまでの世界が違って見えるほどに揺さぶられた。

普通の子だったら、良かったのに。
荒事以外のまともな職を知らない自分と、深窓の佳人。
もっと下種な子だったら良かったのに。
欲の滴る大人の心と、純真無垢な子供の心。

そこらの子供と変わりなく世俗を識るというのに、どうしてあんなにも純粋なんだろう?
身も心も高嶺の花過ぎて、この腕では届かない。
そうだと解っていても、いや、解っているからこそ馬鹿な真似で手を伸ばした。
初めから届かない事は解っていて、だからこそ自分の欲を騙し騙しあんな方法で。あんな方法しか。

俺の持っているのは、到底夢を見させられるような綺麗なもんじゃない。
まさぐりたい欲50%、邪まが30%、残る20%のイタい愛。
下心は当たり前にある。できれば夜にもお相手願いたい。
尻も揉みたけりゃ裸だって何だって色んな姿を見たいキスしたい、それ以上をしたい、そういうのが100%。
だけどそれ以上のものが俺の中にはあって、それをあんたに受け取って欲しかったんです。

俺を、見てほしかったんです。

けれどそれは無理だから、せめて近くで見ていたかった、なのに。
このまま、このまま初めから何もなかったように、赤の他人みたいな扱いされるくらいなら。
いつかどこぞの誰かが優しく柔らかくあんたを手折る日が来るのを、馬鹿みたいに待っていなければならないなら。

「そうだ 夜這い、行こう。」

どこぞの鉄道会社のキャッチコピーのようなことを呟き、俺はベッドから跳ね起きた。










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